KING CRIMSON キング・クリムゾン (1969〜1974,1981〜1984,1994〜)


アーティスト紹介2

 
■王の復活と大いなる死
71年のツアーを録音した『EARTHBOUND』(カセット録音ゆえ音質が悪く国内版未発売)
が発売された72年6月から間もなくクリムゾンは復活する。ボーカル&ベースに旧友の
ョン・ウェットン(元ファミリー)、ドラムスにビル・ブラッフォード(元イエス。イエ
スとはアメリカ・ツアーで一緒だった)、前衛パーカッショニストのジェイミー・ミュア
、ヴァイオリンにデヴィッド・クロスという、フリップ以外のメンバーが総入れ替えさ
れ、クリムゾン史上最強のラインナップでの復活劇だった。ニューヨークで出会った白魔
術師ウォリ・エルムラークとの交流(彼女のソロ・アルバムを製作)が引き金となって、
新生クリムゾンは東洋的かつ錬金術的思想が漂うインプロビゼーション(即興性)の強い
音楽を押し進めてゆく。72年10月〜12月のドイツ&イギリス・ツアーを盛況のうちに終え
て、翌年1月〜2月、新アルバムの録音が行われ、3月、クリムゾンの復活を強く印象づ
けるアルバム『太陽と戦慄』が発表される。以後、ミュアー、次いでクロスが抜けるとい
う事態が発生するも、『スターレス・アンド・バイブル・ブラック』(1974)、『レッド
(1974)という傑作を世に出し、デビュー期に並びうる充実したバンド時期であったといえ
るだろう。けれども、74年9月、3人となったクリムゾンは永い眠りに着くことを選ぶ。
■王の放浪
大いなるクリムゾンの死後、フリップは様々なアーティストとの競作やセッション活動を
積極的に行ってゆく。元ロキシー・ミュージックブライアン・イーノデヴィッド・ボ
ウイトーキング・ヘッズホール&ホーツダリル・ホールジェネシスを脱退しソロ
となったピーター・ガブリエルらとの仕事がそれだ。フリップはこの頃、I.A.C.E.という
教練所に10ヶ月ほど入校し、神秘学者グルジェフの教義を学んでいる。70年〜80年代初頭
はグラム、モッズ、パンクと流動する音楽界で、クリムゾンを休眠しプログレッシヴ・ロ
ックの表現意義を探し求めた。やがて、肥大化した産業社会──音楽産業を「恐竜」と捉
えて、それと拮抗できうるような音楽活動を見出そうとする。先のセッションも「恐竜」
的音楽活動としてフリップは考えていたようだ。その中で、イーノ、ホール、ガブリエル
の他、フィル・コリンズジェネシス)、ピート・ハミルヴァンダー・グラフ・ジェネ
レイター)、バリー・アンドリュース(元XTC)、リック・マロッタテリー・ローチ
ェスローチェス)、トニー・レヴィンら多くのゲストが参加し製作された初のソロ名義
アルバム『EXPOSURE / エクスポージャー』(1979)はフリップのこの時期の活動の集大成
的意味を持つ内容といえる。ホールの「ノース・スター」やガブリエルの「ヒア・カム・
ザ・フラッド」といった魅力的なボーカルナンバーもあれば、クリムゾン時代の「太陽と
戦慄」のギターリフが登場するインスト「ブレスレス」、フリッパートロニクス(ギター
をテープレコーダーを媒介にループ操作するユニット)も随所に用いられていて、一筋縄
ではいかないアルバムに仕上がっている。一方で、フリップ以外にも、ウェットンやブラ
ッフォードらがバンド結成と離散を経験しながら、音楽活動を模索した時期でもあった。
■王の再々生と再々々生
フリッパートロニクスを用いた活動と並行し、80年3月フリップはバリー・アンドリュー
らと4人組のバンド、リーグ・オブ・ジェントルマン(クリムゾン結成以前、同名でも
バンドを組んでいたことがある)を結成、81年アルバムを1枚発表するが、7年振りのク
リムゾンの復活を機に解散する。新しいクリムゾンは、フリップとブラッフォードに、ボ
ーカルとギターにエイドリアン・ブリュー、スティックという特殊なベース楽器を扱う
ニー・レヴィンを加えた構成であった(発足当初はディシプリンという名前であったが、
レヴィンが正式加入することを承諾し、クリムゾンを冠することになったらしい)。クリ
ムゾンのバンド活動史上初めて、同一メンバーにより複数枚のアルバムが製作されること
になる。『ディシプリン』(1981)、『ビート』(1982)、『スリー・オブ・ア・パーフェク
ト・ペアー』(1984)である。3原色を用いていたことから3枚1組であると見出せ、理論
派のフリップらしいといえば、その同一メンバーによる製作意図は飲み込めそうである。
81年12月には初の日本公演も行われた。また、このクリムゾンと並行して、同郷のアンデ
ィ・サマーズとユニットを組み、サマーズ&フリップで2枚のアルバムを発表している。
クリムゾンは再び休止し、妻トーヤとのユニット、主催するギター教室の16人の生徒たち
で構成されるリーグ・オブ・クラフティ・ギタリスツとの競作などをしている。91年の、
トーヤトレイ・ガン(ギター・クラフト9期生)らとのグループ、サンディ・ロール・
オーヴァー・ザ・ワールドによる『KNEELING AT THE SHRINE /ニーリング・アット・ザ
・シュライン』を経て、11月クリムゾン再々々結成コメントをフリップは行う。だが、92
〜93年は、デヴィッド・シルヴィアン(元ジャパン)とのユニットやザ・ロバート・フリ
ップ・ストリング・カインテットなどで再三日本公演を行うなどしながら、旧クリムゾン
音源BOXの編集・発売に精を出していた。94年クリムゾンはいよいよ再始動する。ミニ
アルバム『ヴルーム』(1994)を挟み、11枚目のオリジナル作『スラック』(1995)を発表さ
れた。メタリック・クリムゾンとフリップが呼称する伝説の王はどこにゆくのだろうか?
 
(1999.12.8 高林廉) 
 
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