詰将棋の本といってみなさんはどのようなものを思い浮かべるでしょうか。見開きのうち左ページに詰将棋の図面が載っていて、ページをめくるとその裏側に解答が書いてあるといったものではないでしょうか。実際、比較的マニア向けのものを除けばほとんど全てがその体裁を取っていると言えるでしょう。
この本は、そのような常識に疑問を投げかけ、代わりに様々な形態を試行しています。
『王様殺人事件』はプロ棋士の伊藤果が創作した詰将棋を、推理小説作家の吉村達也が解説する方式で書かれています。伊藤の詰将棋創作力がプロ棋士の中でもトップクラスなのは、『新しい詰将棋 3・4・5段』にもあるとおりでよく知られていますが、吉村も詰将棋創作において実績のある作家です。
私は推理小説にうといので、小説家としての吉村の活躍はよく知らないのですが、文章の書ける詰将棋作家というとこの人が適任であることに異をはさむ人はいないでしょう。
この本には66の詰将棋が収録されており、それぞれにバラエティに富んだ解説が付されています。特徴的なのは、図面のあるそのページからいきなり解説が始まることです。図と解説が同じページに同居しているとすぐに答えがわかってしまうのではと思われるかもしれませんが、実際に読んでみると意外にも全く気になりません。おそらく、そのように気を使って執筆・編集しているためでしょう。
そして、そのように始まった解説がどこまで続くかは、完全にまちまちです。ある作品ではそのページだけで解説が終わってしまうこともありますし、右図の五手詰のように6ページも続く場合もあります。
また、純粋に詰将棋の解き方のテクニック解説という側面から見ても役に立つ文章が随所にあります。例えば、右図で初手は▲1三金または▲1四香ですが、変化を読み切らなくても片方にしぼり込める技の解説があり、全体ではこの作品だけで解説が11ページにもわたっています。
ほかにも、「解説の書き方で印象が一変」や「ヒントはあなたを惑わせる」など文章能力を活かした企画もあり、楽しめる一冊に仕上がっています。
本来、このような問題提起は作家ではなく編集者の仕事だと思うのですが、現在の将棋本のレベルから考えると仕方なかったのかもしれません。内容の充実だけでなく体裁の改善も重要であるという認識がもっと広まってほしいものです。
出版社の在庫はなくなっているようですが、大型の書店をめぐるとどこかには在庫があるのではないかと思います。