カラファテ→リオガジェゴス→ウシュアイア |
カラファテの町を午後2時にバスはリオガジェゴスに向けて出発した。
50人ほど乗れる大型バスであったが、乗客は5、6人しかいなかった。
広大なパンパ(大平原)の中をひたすら真っ直ぐに伸びた道路をバスは飛ばして行く。
かなり飛ばしていたので、いったい何キロでているのだろうと、スピードメーターを除き
込むだが0kmの位置で針は止まっていた。
運転手の座っている椅子がフワフワのスプリングの付いたシートであるためバスの揺れ
と伴に運転手はピョンピョンと飛び跳ねるため、ハンドルから手を放してしまわないか気に
なってしまった。こんなスリル満点のドライブを4時間ほど味わうとバスはリオガジェゴスの
空港へと無事に到着した。
カラファテの次の目的地は南米最南端の町ウシュアイアであった。
カラファテからウシュアイアに渡る方法は、主な方法は2通り有りチリのプンタアレーナスから
プエルトウィリアムスまでバスで下り、その後船でビーグル水道を渡り、再度バスでウシュアイ
アの町まで行く方法とリオガジェゴスまでバスで行き、飛行機で一気に行くウシュアイアまで
行く方法である。
私の場合は、協力隊ということでオフィシャルパスポートを携帯していたため、チリにはビザの
関係で一度しか入国できない。
そのためカラファテから再度チリに戻ることができず陸路を使うことができないため、一気にウ
シュアイアまで飛ぶことにした。
リオガジェゴスからウシュアイアへチリに入らずに渡る方法は空路しかないためか、この区間
の予約は常に満席状態である。この便はブエノスアイレスからの便であるためリオガジェゴスで
降りた人の分だけしか空席がでない事もあると感じた。私の場合は1ヵ月ほど前からずっとリクエ
スト状態であったが前日にようやくOKがでた。
飛行機に乗り込むと30分ほどのフライトの後、ウシュアイアの空港に到着した。
ウシュアイアの空港はボリビアの国際空港よりも遥かに立派なモダンな建物であった。
空港玄関を出て外にでると、空港から出る観光客が観光バスやワゴンなどに迷わずに乗り込ん
でいた。つられるようにそのバスに近づき、市内にでるバスであるか運転手に訪ねるとツアーバス
であるということだった。公衆バスはどこから出るのか訪ねると空港前のターミナルの端を指差した。
古ぼけたバスが確かにあったが、運転手いないし何時に出るのかも不明であった。
地元の人らしき人々がタクシーに乗っていたので、町の中心までの相場を訪ねると7ドル程度という
事だったのでタクシーに乗り込んだ。
タクシーの運転手に宿を決めていないので適当に安い宿が固まっている通りまでと行き先を言うと、
2件ほど一人20ドルで泊めてくれる宿を紹介してくれるというので連れていってもらことにした。
紹介された宿に着いたが、そこは表札一つない普通の家であった。家の主人を紹介してもらい家の
中に入ってみると1Fは家族が住み、2Fの数部屋を貸しているというスタイルであった。
2Fのフロアーには大きなリビングルームに趣味の良いソファーに家具、壁には洒落た絵がなどが
飾られていた、部屋は広くて清潔そのもの。一発で気に入りタクシーの運転手にお礼を言って宿に
チェックインした。アルゼンチン、チリにはこういった普通の家の一部屋を安い値段でかしてくれる
HOSPITAJEというスタイルの宿が沢山あり旅行をしていて一番使える宿であると感じた。
ただ、情報は口コミや紹介しかない場合が多い。
アルゼンチンのタクシーはメーター製であるのでぼられる心配もなく、運転手に言えばそういった穴場
の宿を紹介してくれるので複数などの場合10ドル程度の距離であれば利用価値は高いのではない
だろうか。
その宿はハイシーズンだというのにガラガラで他の宿泊客と顔をあわすことがほとんどなかった。
ホテルのスウィートルームを貸し切ったような状態であった。
ブエノスアイレス (タンゴ、ボカ地区)
ブエノスアイレス→バリローチェ (ジャオジャオ半島、サイクリング、カヤック)
バリローチェ→プエルトモント (バリローチェ国立公園横断船の旅、アンヘルモの海鮮市場)
プエルトモント→プエルトナタレス (3泊4日フィヨルド地帯縦断プエルトエデン号の船の旅)
プエルトナタレス→パイネ国立公園 (パタゴニアでトレッキング、キャンプ)
プエルトナタレス→カラファテ (ペリトモレノ氷河)
ウシュアイア (ハーバートン牧場、ペンギン島、フエゴ国立公園)
ウシュアイア→ブエノスアイレス経由→プエルトイグアス(イグアスの滝)
プエルトイグアス→シウダッデルエステ→アスンスオン(パラグアイ)
アスンシオン→ボリビア